14日午前、金沢会館で柴先生の法話のご縁がありました。
この日は、仏教の根幹である『因果の道理』について詳しく教えていただきました。
因果の道理は仏教の根幹
「因果の道理」は、「仏教の根幹」といわれます。
仏教を「木」に例えると、その「根 」や「幹」に当たる重要な教えだということです。
お釈迦さまの教えが全て記録されている一切経・七千余巻は、因果の道理で貫かれています。
だから、この「因果の道理」を知らずして、仏教を知ることはできないのです。
「因果」とは「原因」と「結果」のこと。どんなことにも必ず原因がある。
原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つもないと、仏教では説かれます。
「これだけは、原因なしに起きた結果だ」ということは絶対にありません。
次に、「道理」とは「三世十方を貫くもの」をいいます。
「三世」とは、過去世・現在世 ・未来世、「十方」とは、東西南北上下四維のこと。
ですから「三世十方を貫く」とは、「いつでもどこでも変わらない」ということで、
「法」とか「法則」ともいいます。
仏教で説かれる「法(道理)」は、何千年前も、今も、何千年後も変わりません。
また、日本、ブラジル、イギリスなど、国が変わっても成り立つものが「法(道理)」です。
私たちが「思う」「思わない」にかかわらず、厳然として、時空を超えて変わらない「法」が「因果の道理」なのです。
原因と結果の関係
原因と結果の関係について、お釈迦さまは次のように教えられています。
善因善果
悪因悪果
自因自果
(釈迦)
ここで、「原因(タネ)」と仰るのは、私たちの「行為」で、
「結果」とは、私たちに分かりやすく言うと「運命」のことです。
「善因善果、悪因悪果、自因自果」とは、
善い行いからは善い運命(幸せ)、悪い行いからは悪い運命(不幸)が現れる。
自分の行いの結果は、善いのも悪いのも、例外なく、全て自分に現れる」ということです。
他人のやった行いの結果が私に現れる「他因自果」もなければ、
私のやった行いの結果が他人に現れる「自因他果」も絶対にない。
幸福も不幸も、自分の運命の一切は、自分の行為が生み出したもので、
それに例外はないのだよと、お釈迦さまが説かれているのです。
この因果の道理について、金沢会館の壁に掛けられているお歌も引用し、分かりやすく教えていただきました。



編集後記
因果の道理を重ねて聞かせていただけることのありがたさ、そしてこの教えをよく知り、
その通り実践することの大切さが改めて知らされました。
また、会館の絵画やお歌についても、よく見ていなかったとも思い、反省させられました。
他にもどんなお歌が掛けられているか、ぜひ会館に足を運び、皆さんの目で確かめて下さい!
この日も会館のお仏花はきれいに整えられていました。いつもありがとうございます。


