青年向け勉強会(令和5年6月4日)

4日午前、山内先生の青年向け勉強会のご縁がありました。
金沢には青年層の親鸞学徒も多くあり、青年に合った形で共に仏法を学んでいます。

この日は特に、源信僧都のエピソードを通して、仏教には何が教えられているかを学びました。
今回は、その一部を紹介いたします。

目次

源信僧都の母君の歌

親鸞聖人が『正信偈』に「源信広開一代教」と仰り、七高僧のお一人として大変尊敬されている源信僧都。
その母君が若き源信に送った歌があり、大切なことが教えられている。

後の世を 渡す橋とぞ 思いしに 世渡る僧と なるぞ悲しき

源信僧都の母君

「後の世」とは、後生、来世ともいい、一息切れた死後のこと。生あるものは必ず死に帰す。一日生きれば一日、確実に近づいているのが「後の世」であり、後生と無関係な人はなく、人生五十年は瞬く間に過ぎ去っていく。
その100パーセントの未来、後世がどうなるか。その解決がすべての人の生きる目的、「なぜ生きる」の答えなのだと教えるものが仏教である。

対して「世渡る」とはこの世をどう生きるかということ。
“「後の世を渡す橋」になってくれると思っていたのに、世渡り上手の僧になるとは悲しい限りである”と嘆かれている。

なぜ源信僧都の母君は、若くして出世し、財や名誉を得たわが子を「悲しき」とまで仰ったのか。それには仏教には何が説かれているのか、よく知らなければならない。

人生を飛行機に譬えると

私たちの人生を飛行機が飛ぶことに譬えられる。それは生きることと、飛行機が飛ぶことと、似ている点があるから。
大きく分けると
・飛行機はじっとしていないように、人生もずっと止まっていない。
・飛行機は猛スピードで飛んでいくように、人生もすごい早さで過ぎ去ってゆく。
・飛行機には乱気流やエンジン故障などトラブルがあるように、人生にも病気や怪我・人間関係など様々なトラブルや困難がやってくる。
・飛行機には燃料があっていつまでも飛んでいられないように、人はいつまでも生きていられない。寿命がある。

私たちが生まれた時が、飛行機の飛び立った時。そして、最後燃料が切れる時が、死んでいく時と言える。
それまでの間、機内では映画を観る、おいしい食事、ファーストクラスの良い座席、友人との会話など、様々な楽しみがある。
生きることで言えば、趣味や生き甲斐の充実、生活レベルの向上、自分の地位や身分を高めることなどと言えよう。

ここで一つ考えてみてもらいたい。例えば、次のような2通りの飛行機会社があったとする。
皆さんはどちらの飛行機に乗りたいと思うか?

A会社…飛行機には、実は着陸地はありません。しかし、食事は大変豪華なものを用意しており、座席もキングベッドと非常に快適な空の旅を楽しむことができます。
B会社…飛行機では機内食は無くコップ一杯の水だけサービスいたします。また、座席も狭くリクライニングはできません。しかし、安全に着陸できます。

A会社は、機内は充実してよさそうだが、最後必ず墜落する。B会社は機内こそ最低限の備えだが、目的地に安全に着陸できる。少し考えれば、間違いなく「B会社がいい」と思うだろう。

人が生きる目的は

では、生きることでいうとどうなるか。親鸞聖人の教えを正確に伝えられた蓮如上人は、

それ、八万の法蔵を知るというとも後世を知らざる人を愚者とす、たとい一文不知の尼入道なりというとも後世を知るを智者とすと言えり。

御文章五帖目二通

「膨大な経典を丸暗記していても、最も大事な、後生どうなるかを知らない人は愚者である。たとえ、字のタテヨコも分からない人であっても、来世の行き先がハッキリしている人は、智者である」と教えられている。

八万の法蔵を知る人とは、今日で言うと百科事典を丸暗記しているような賢い人。また、趣味・生き甲斐などの生きる手段に恵まれている人のことと言える。
どんなに多くのことを知っていて、世渡り上手であっても、自分の確実な未来に無知なのは、着陸地を知らずに飛ぶ、A会社の飛行機に乗る人と同じ。100%確実な未来を考えていないのだから、愚者と言われている。

反対に、学問のないような人であっても、後世の明るい人を智者と言われる。私たちが生きる目的は、後世がハッキリしている智者になること。
飛行機で言えば、飛ぶ目的は安全に目的地に行き着くこと。映画や食事を楽しむためではない。

仏教は、愚者から智者になる教え

後生が分からないということは、未来が暗いということ。未来が暗いと、現在はどうなるか。

例えると、行き先が分からず数時間後に墜落する飛行機に乗っているようなもの。どんな食事も美味しくないし、映画も楽しめず、快適な旅どころではない。不安におびえ、狼狽し、泣き叫ぶ人もあるだろう。
この場合、乗客の苦悩の元はやがておきる墜落だが、墜死の悲劇に近づくフライトそのものが地獄となる。

未来が暗いと、現在が暗くなる。万人共通の未来が死であり、死後どうなるかハッキリしないままで、明るい現在は築けない。確実な未来が明るくハッキリしてこそ、現在から明るく楽しむことができる。

では、どうすれば後世がハッキリするのか。その解決を明らかにされた、いわば後の世の渡し方を教えられたものが仏教。言い換えると、「後世を知らぬ愚者」から「後世を知る智者」になる教えである。
「仏教を聞いたら世渡り上手になる」というものではない。もしそう考えているならおかしなこと。

人はなぜ生きるのか。それは確実な未来である後の世の解決であり、そのために仏教を聞かねばならない。
ではどうすれば後世を知る智者になれるのか。詳しく明らかにされているので、続けて聞法のご縁を求めてもらいたい。

編集後記

この世どう生きるかに一杯一杯で、確実な未来を忘れがちな私たちだからこそ、仏教を聞く目的を聞かせていただき、原点を重ねて確認することが大切と改めて知らされました。

勉強会の後は、有志の青年親鸞学徒で交流会を開催。食事会と公園散策をして、お互いに縁を深めました。
共に求める法友とともに、これからも親鸞聖人の教えを続けて聞かせていただきましょう!

若い人にも分かりやすくお話される山内先生
縁のある人で大乗寺丘陵公園を散策
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