横額のお言葉「抜苦与楽」について

今回は、大額のお言葉「抜苦与楽」について解説された、座談会直後の顕正新聞 平成29年6月15日号の内容を紹介いたします。

目次

私たちの願いは「抜苦与楽」一つ

 仏教の目的を、漢字4字で表した言葉が「抜苦与楽」です。

「抜苦」とは苦しみを抜く。
「与楽」とは、楽しみ・幸せを与えることです。

 私たちが生きているのは、苦しみをなくして幸せになりたい。この「抜苦与楽」の願い一つではないでしょうか。
 政治や経済、科学、医学、倫理、道徳、芸術、スポーツなど、人間のあらゆる営みも、いかに苦しみを減らして楽しみを得るか、そのためにあるものばかりでしょう。

根本苦を抜き絶対の幸福に

 ただ気をつけねばならないのは、ここで「抜く」といわれているのは、「四苦八苦」の苦しみではないということです。

「四苦八苦」は、この世80年から100年の間の、肉体の苦しみです。
 しかし、肉体は「本当の私」ではありません。
「本当の私」とは、果てしない過去から、現在、そして死後、永遠の未来へ続いていると、お釈迦さまは仰せです。

 木に例えると、現在世の肉体の「四苦八苦」は、枝葉の苦しみであり、「枝末苦(枝末無明)」といわれます。それは「根本苦(根本無明)」から出ています。

 根本苦とは、過去、現在、未来の三世を貫いて私を苦しめているもので、親鸞聖人は「疑情」と教えられ、蓮如上人は「三世の業障」と仰っています。
「抜く」といわれているのは、この根本苦のことなのです。

 苦悩の元凶である「疑情・三世の業障」が、阿弥陀仏の本願力によって断ち切られると、「四苦八苦」は変わらぬままで、人間に生まれてよかったという「絶対の幸福」になれるのですよと、お釈迦さまは教えられています。いつでもどこでも〝大宇宙で最高の幸せ者が私〞と喜べる。しかも、それは永久に変わることはありません。

人生の目的を明示

 この幸せを昔から、
生花の 浮世の水にだまされて 花は咲けども みのらざりけり」と歌われています。

 生け花には水がたたえられていますので、それを吸い上げて花は咲きます。しかし根は断ち切られていますから、実ることはありません。
 水とは、肉体のこと。肉体があるために、「浮世の水にだまされて」四苦八苦の花は咲く。それでも、「実を結ばない」といわれるのは、死んだあとに苦しみは続かないということです。

 なぜなら、阿弥陀仏の創られた「南無阿弥陀仏」の名号利剣によって、疑情という根本苦が断ち切られたならば、来世は必ず阿弥陀仏の極楽浄土へ往ける身となるからです。過去世から続いていた苦は、この世で完全に断ち切られてしまいます。

 このように、苦悩の根元を解決し未来永遠の幸せになる人生の目的を、お釈迦さまは漢字4字で「抜苦与楽」と説かれているのです。

編集後記

私たちの人生の目的を、お釈迦さまが漢字4字で明示されたお言葉が「抜苦与楽」であり、とても深い内容だと改めて知らされました。

金沢会館の落慶座談会ではこのお言葉について教えていただきました。その時に、当時の学徒が知らされたことについても、過去の新聞に書かれているので、別の機会にご紹介いたします。

これからも会館で、阿弥陀仏の本願をともに聞かせていただきましょう。

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