コラボ講座企画(令和6年9月22日)

9月22日、金沢会館で「生活&終活フェスタ」と題した、2名の先生によるコラボ講座企画が行われました。
最初は医師の二村先生による講座で、テーマは「認知症の介護と接し方」について。
その後、仏教講師の宮本先生から「人生の目的と歎異抄」という内容で、順に聞かせていただきました。

今回は、その一部を紹介します。

目次

二村先生の講座

昨今、認知症患者は急激に増えており、2025年には65歳以上の5人に1人と言われています。
一方で、認知症はなかなか見つけにくく、普通の会話だけでは認知症かどうか、わからないことが多いです。
同じ物忘れでも、老化による物忘れや、老人性うつ病によるものなど、認知症でないケースもあります。

認知症が進行すると日常生活にも支障をきたし、介護が必要となるケースもあります。
そうなると、介護に関わる方々も大変な思いをしますが、一方で認知症患者自身も苦しいものです。
物忘れにより起こった弊害よりも、忘れることを指摘されたり、自分自身でそのことを自覚することが苦しい。
周りから人間としての存在を認められないことに、心を痛めているのです。

認知症患者が暴力を振るうようになるから手足を縛る、という話もありますが、これは逆効果です。
自分を認めてもらえず、相手をますます「大きな敵」と認識してしまうでしょう。
患者のことを、人命尊重の立場で考えられているか、今一度振り返ってみてはいかがでしょうか。

近年、認知症ケアの新しい技法として「ユマニチュード」といわれるものが注目を集めています。
「ユマニチュード」とは、人間らしさを取り戻すこと。
その4つの柱の1つ「立つ」の一例をあげると、ユマニチュードを実践した対応では、患者と同じ立ち位置までしゃがみ、顔を見て接します。立ったままの視点から見下ろすのではなく、同じ視点に立つことで、人間としての尊厳を大切にするのです。「自分はあなたの味方ですよ」と上手く伝えることで、認知症患者の安心にもつながるでしょう。

「認知症になったら人生終わり」という考えは認知症でない私たちが感じること。
認知症の人は、自身の感じていることや今生きている価値を私たちに伝えられないだけで、
しっかり生きようとしているのです。

そして、認知症だけでなく重い病気にかかると、延命するかどうか、という問題が出てきます。
延ばした命に意味はあるのか。平たく言うと「なぜ生きる」。この問いが必ず問題となってくるのです。
実はこの答えが歎異抄に明らかにされていると言われ、医療従事者の立場としても注目しています。

宮本先生の講座

やがて死ぬのになぜ生きるのか。誰もが知りたい人生の目的について答えられたのが歎異抄です。
歎異抄には、親鸞聖人が仰ったお言葉が書き残されています。その第一章冒頭が有名な

「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて、往生をば遂ぐるなり」と信じて
「念仏申さん」と思いたつ心のおこるとき、すなわち摂取不捨の利益にあずけしめたまうなり。

(歎異抄第一章)

人生の目的は「摂取不捨の利益」だと説かれています。
摂取不捨とは「ガチッと救い取って絶対に捨てられない」ということ。絶対に変わらない、「人間に生まれてよかった!」と喜べる幸福のことであり、今日の言葉で「絶対の幸福」と言われます。
それは弥陀の誓願によって助けていただくのだから、歎異抄には「弥陀の誓願不思議に助けられまいらせて」と仰っています。

弥陀の誓願、とは阿弥陀仏という仏のなされているお約束のこと。
どんな人も必ず絶対の幸福に救う」と誓われたのが阿弥陀仏の本願です。
阿弥陀仏のお弟子である釈迦が、先生の御心、本願一つを教えて下された。だから今日の私たちが弥陀の誓願について聞かせていただくことができるのです。

ところが私たちは相対の幸福しか知らず、苦しんでいます。この実態を、釈迦は「人生苦なり」と明らかにされています。
たとえ幸せが続いたとしても100%の未来が「死」です。死を前にしてはどれだけお金や物があっても安心できません。

歎異抄には、阿弥陀仏の本願に救われた絶対の幸福こそが人生の目的だと、親鸞聖人のお言葉で記されています。
そして「仏法は聴聞に極まる」と教えられる通り、聞く一つで人生の目的が果たせるのです。
この会館で続けて、親鸞聖人の教えを学ばせていただきましょう。

講座の後、参加者の感想

講座の後は二村先生への質疑応答の時間が設けられました。
参加者の質問に対し、親身にお答え下さり、皆さんより理解を深められていました。

この日は40名以上の方が参加され、多数の感想が寄せられました。その一つを紹介いたします。

認知症は他人事では無いのに、どんな病気かは当事者にならないと知るキッカケもありませんでしたので大変良い学びになりました。
その後の宮本先生の歎異抄のお話がより深く感じられました。
最後に司会の方が「この金沢会館が皆さんにとって『認知症カフェ』のような存在になったら嬉しいです」と言われたことにとても賛同致しました。
良いご縁をありがとうございました。

二村先生への質疑応答の様子
宮本先生の講座

編集後記

認知症をはじめ、介護を必要とされる方もしっかり生きようとしている中で、接する私たちが、人間としての尊厳を忘れずに対応できているか、反省せずにはおれませんでした。
同時に、そのような方にも達成できる、人生の目的のあることを説かれた親鸞聖人の教えとのご縁もありがたく感じます。

この会館で、より深く学ばせていただきましょう。

この日もきれいにお仏花が整えられていました。いつもありがとうございます!

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