黎明期の証言「夢の実現 観光会館での御法話」

『顕真』平成16年6月号から、浄土真宗親鸞会、黎明期の証言を紹介します。

前回の記事はこちらです。

目次

観光会館での御法話

昭和50年4月13日、金沢市内有数の規模を誇る観光会館(現:金沢歌劇座)で、ついに高森先生ご法話が実現します。名勝・兼六園に近い同会場は、親鸞学徒の熱気で沸き返りました。

Aさん

「観光会館での開催は、石川親鸞学徒の夢でした。金沢の中心部で、知名度は抜群。広さは小坂の公民館の5倍以上はありました」

Sさん

「皆さん頑張られたが、施主のNさんも大変だった。石川県の親鸞学徒全体でご法話を開催するようになったのは、まとめ役のHさんが最初で、それ以前は、全体での開催はほとんどありませんでした。だから、ご法話準備もほとんど、施主個人の仕事だったと思います」

Nさん

「いちばん苦労したのは、お仏壇でした。正御本尊をご安置するにふさわしい布を調達するのに、あちこち駆け回りました。紫色の布を何反か求めましたが、きれいに裁断して縫製しなければならない。Oさんがしてくれるというので、依頼したのはご法話の前日、完成したのは当日の朝でした」

Aさん

「ご法話の日の朝、高森先生をお出迎えした時は、うれしかった。30分以上も前から、お待ちしましたよ」

Sさん

「親鸞学徒は皆、有縁の方をお誘いし、その結果、参詣者が多くて、ご法話当日は大変でした。相手が次から次へとあるから休み時間も食事するヒマもなく、ひたすら仏法を話しました」

Nさん

「終了後に控室へお伺いしますと、高森先生はソファーで、肩で息をされ休まれていました。しばらくは、言葉をおかけすることもできませんでした。全力でご説法されたお姿に、『仏法はユメおろそかに聞いてはならない』と知らされました」

Nさんあてのお葉書には、次のように書かれている。

「合掌

この度は大変なことをなされた。信を獲ぬ間は嬉しゅうないとは思わるるなよ。聞く身になったことは何億円にもかえられぬ不思議なのだよ。真実の教えをどれ程多くの人々に伝えられたか。その善根は、凡夫の計らえるものではありません。みなさんにもよろしくよろしくお伝え下さいね」

 また、翌昭和51年12月のお葉書では、

「合掌

  勿体なや

   法を伝えず

    休む日は

 いよいよ金沢にも信火が点ぜられた感じですね。みなさんの苦労が実を結ぶことでしょう」

と書かれていました。

金沢にいったん火がつくと、その勢いは止まるところを知らず、現在も、多くの親鸞学徒が、聞法に励んでいます。

編集後記

高森先生が説かれる親鸞聖人の教えを、自分だけでなく、多くの方に聞いてもらいたい、という親鸞学徒の思いがよく伝わってきます。

親鸞学徒の先輩方のおかげで、私たちは今、金沢で仏縁を結ばせていただけると思うと感謝せずにおれません。

これからも浄土真宗金沢会館で、共に阿弥陀仏の本願を聞かせていただきましょう。

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