私にとっての追悼法要(金沢市 T.Hさん)

大切な人を亡くした時、「どうすることが供養になるのか」と悩む人は多いのではないでしょうか。
今回は、真の供養となる道を知って感動された石川県のT.Hさんの記事を紹介いたします。

目次

本当の仏法が分かった

「あなたのおかげで、真実の仏法に遇えましたよ」
金沢市のT.Hさんは、40年以上前に亡くなった夫の遺影に、語りかけるように言った。今年、夫の追悼を申し込んだのは、次男夫婦に仏縁を結んでほしいからだという。
「仏法を聞けと言っても、なかなか聞きませんでしょ。でもお父さんの法事といえば、来ると思うので」。Hさんの脳裏にはいつも、若い姿のままの夫がいる。

 昭和39年、次男が生まれたちょうどその日のことだった。トラックと衝突して夫が即死。まだ27歳の若さであった。
 無事に子供は生まれたものの、真っ先に会わせたかった夫がなぜか病院に来ない。家族の様子も変だった。医師から、「Hさんにはまだ知らせないでほしい。本人とその子を大事と思うなら」と、固く口止めされていたという。
 夫の死を告げられたのは退院の前日。事故から20日が過ぎていた。通夜も葬儀もすでに終わっており、あまりのことに、その場で泣き伏すよりなかった。
「子供のころ、家庭に恵まれなかったんです。幸せになりたくて結婚したのに、こんなに早く夫が亡くなって…。これ以上つらい目に遭うことはないだろうと、その時思いました」
 いつまでも泣いてばかりはいられなかった。二人の愛児を女手一つで育てるため、保険会社の営業の仕事を死に物狂いでやった。何とか生活は軌道に乗り、子供も一人前になった。

 定年まで勤め上げ、ほっとした途端、何か埋めようのない寂しさに襲われた。死に別れた夫と、どこかでつながっていたいと思ったのか、供養のつもりで四国八十八箇所を回ることに決めた。
 白い衣装を着て、巡礼する人たちの中に交ざる。皆、大事な人を亡くした、やり場のない悲しみを抱えた人たちだった。
 真夏の炎天下も、大雨の日でも遍路は続く。気の遠くなる長い階段を上ったり、洞窟の中を泥だらけで這って行ったこともある。
「そうやって手を合わせる時は真剣でした。苦労するほど供養になると信じて」
 四国だけでなく、西国や北陸の巡礼地も回った。だが、一生懸命やっても、仏教はどんな教えか分からず、本当に夫のためになっているのかさえ疑問になった。

 そんなある日、『正信偈』の意味が分かる、と案内されたチラシが目を引いた。朝晩の勤行も、ただ夫の供養と思ってしていたが、ふと意味を知りたくなった。
 出掛けた講演会場で、『正信偈』の意味を一字一字丁寧に聞かせてもらって驚いた。
なにしろ阿弥陀仏とお釈迦さまの違いも知りませんでしたから。仏教が自分を救うための教えだったことにとても感動したんです

 聞法を続けて二年目になる。亡くなった夫の幸福を願うのは人情だが、以前のように、巡礼の旅をする気はなくなった。
 亡くなった人の後生は、罪悪深重、煩悩具足の人間が何とかして何とかなるものではない。この厳粛な後生の一大事を心から受け入れられた時、「仏法に明日はない」の仏説が心にしみた。真の追悼は、わが身の聞法精進以外にないと気がついた。
「弥陀に救い摂られてこそ、衆生済度の大活躍ができるとも聞かせていただきました。今はただ、一日も早く阿弥陀仏に一向専念させていただきたい」と、より一層、真剣な聞法を誓う。

編集後記

 仏教は死んだ人を相手に説かれたものではなく、生きている私たちが本当の幸せになるための教えです。
 その真実の仏法を真剣に聞き求め、「人間に生まれてよかった!」と無上の幸福に生き抜かせていただくことが、亡くなった人の最も喜ぶ、最高の供養になるのだよと、親鸞聖人は仰せです。

 今回の記事は今から約16年前(平成19年7月)のものでした。それからHさんは今も法友とともに、金沢会館をはじめ聞法会場に足を運び、続けて聴聞されています。

 私たちもともに、弥陀の本願を重ねて聞かせていただきましょう。

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