今回は、栄玄聞書(えいげんききがき)の加賀の道乗について紹介します。
栄玄聞書は、加賀受得寺の住職栄玄が、北陸に伝わる蓮如上人の遺聞をまとめたものです。
加賀の道乗
蓮如上人が吉崎に来られた頃、加賀には道乗というお弟子がいました。
道乗は、富山県と石川県の県境あたりに、砂子坂道場という聞法道場を開きました。
砂子坂道場は、善徳寺と光徳寺の発祥地とされており、光徳寺の開基が道乗とされています。
砂子坂道場跡
道乗は、善徳寺縁起(「善徳寺由緒略書」善徳寺文書)によると、地元の武将高坂四郎左衛門の舎弟であった治部氏が、応仁の乱の世で、深く無常を感じ、蓮如上人のお弟子となったとされています。
道乗は蓮如上人から、次のような教えを受けられています。
名号を七重八重にまとったとしても
蓮如上人は吉崎御坊におられた頃、道乗は蓮如上人に正御本尊である名号のご下付を願い出られ、蓮如上人から直接ご下付していただきました。
その時、蓮如上人が次のようにご教導くださっています。
蓮如上人吉崎殿ニ御座ノ時、加州河北三番山スナゴザカ道乘ト申ヒト是照護寺ノ門徒ナリ本尊ヲ望ミ申サレ候。本尊名號ヲ以テ身ヲ七重八重ニマトヒタリトモ、信ヲエズバ佛ニハナリ候マジク候ト眞桂(コレ照護寺ナリ)イハレ候、ト蓮如上人直ニ仰ラレ候。
引用:『栄玄聞書』
意訳:蓮如上人が吉崎御坊におられたとき、加州河北三番山砂子坂にいた道乗(照護寺の門徒である)は、蓮如上人へ名号本尊のご下付を願いでました。
その時「『ご名号本尊を体に七重八重にまとったとしても、信心を得なければ決して仏にはなれませんよ』と照護寺の真桂が言っておったぞ」と蓮如上人が道乗に直接仰られました。
真桂は、照護寺玄昭の法名で、蓮如上人のお弟子で綽如上人(本願寺5代目)の曾孫にあたる蓮真(玄栄)の長男にあたります。
蓮如上人は、御文章でも信心を得ること(信心決定)の大切さを教えられています。
信心を決定せずは、今度の報土の往生は不定なり
引用:御文章五帖目十一通(御正忌)
当流の趣は、信心決定しぬれば必ず真実報土の往生を遂ぐべきなり
引用:御文章一帖目第十五通
そして親鸞聖人は、次のように教えられています。
涅槃の真因は唯信心を以てす。
引用:教行信証
いずれも今生で信心決定しなければ、死んで極楽にはいけないことをハッキリと教えられています。
編集後記
蓮如上人は、北陸に行かれてからも、沢山の名号をご下付なされました。
そして数多くの仏語の中でも最も重要な「名号、信心、念仏」のお言葉について何度も教えられ、親鸞聖人の教えは信心一つであることを明らかにされています。
聖人一流の御勧化の趣は、信心をもって本とせられ候
引用:聖人一流章
信心決定するまで、共に浄土真宗親鸞会金沢会館で聞き抜かせていただきましょう。
