親鸞聖人報恩講(令和4年11月13日)

昨日に続き、本日も親鸞聖人報恩講の行事がありました。
報恩講とは親鸞聖人のご恩に報いる集まりのことで、浄土真宗で最も大切な行事です。

親鸞聖人のご恩に報いるには、親鸞聖人は何を教えられたのか、よく知らねばなりません。
この日は、宮本先生より、正信偈のお言葉を通して親鸞聖人の教えを聞かせて頂きました。

また、ご法話の前には地元の方が、親鸞聖人の教えに出会った体験とその喜びの発表もあり、
皆さんで感動を分かち合いました。

目次

正信偈の冒頭のお言葉について

正信偈の冒頭は、次の2行です。

帰命無量寿如来
南無不可思議光

(正信偈)

この意味は「親鸞は無量寿如来に帰命いたしました」「親鸞は不可思議光如来に南無いたしました」ということです。
原文に「親鸞は」という言葉はありませんが、無量寿如来に帰命したのも、不可思議光如来に南無したのも、
この『正信偈』を書かれた親鸞聖人ご自身のことなのです。

まず「無量寿如来」「不可思議光」とあるのは、ともに本師本仏の阿弥陀仏のことです。
次に「帰命」も「南無」意味は同じで、ともに阿弥陀仏に救われた、助けられたことを仰っています。

ここで聖人は「親鸞は阿弥陀仏の本願によって無上の幸福に救われたぞ」「現在ただ今ハッキリ助けられたぞ」という大宣言をなされているのです。
どれだけ言っても言い尽くせぬ無限に続く喜びを、冒頭に、言葉を換えて繰り返すことで表明なされているのです。

正信偈を書かれた目的とは

そして、これは親鸞聖人だけのことではなく、私たちも同じように無上の幸福になれる、だから早くなってもらいたいと、正信偈の最後に書かれています。

道俗時衆共同心

(正信偈)

「道」は僧侶。「俗」は一般の人、「時衆」とは、その時その時のご縁の人ですから、
「道俗時衆」で「すべての人」を表します。
「同心に」とは、「この親鸞と同じ心に」ということです。

弥陀の救いは死んでからではない、この世のことだぞ。
断じてぼんやりしたものではない、ハッキリしているぞ。
さらに救いは平等で、決勝点があるから、誰もが親鸞と「同じ心」になれるのだ。
だから早く決勝点まで求め抜きなさい、と親鸞聖人は仰せです。

『正信偈』は、すべての人に、何とか親鸞と同じ心になってもらいたいという目的で書かれたものなのです。

では阿弥陀如来の本願とはどんなお約束なのか。救われたら何がどうハッキリするのか。
親鸞聖人が出家された時のエピソードなどを通して、詳しく話がなされました。

そして最後に、親鸞聖人と同じ心になるにはどうすればいいのか。
正信偈の「唯可信斯高僧説」のお言葉を通し、仏法は聴聞に極まると教えていただきました。
この阿弥陀如来の本願について、金沢会館で重ねて教えられていますので、ぜひ会館へご参詣下さい。

ご法話後は、仏法讃嘆

そして、ご法話の後は皆さんで仏法讃嘆し、喜びを語り合いました。
この報恩講をご縁に、より一層、親鸞聖人の教えを聞かせていただきましょう。

この日もお仏花はじめ、お花もきれいに飾られていました。
ぜひ一度、会館へお越し下さい。

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