会館ご法話(令和5年3月14日)

14日午前、金沢会館で柴先生の法話のご縁がありました。
この日は、仏教の根幹である『因果の道理』について詳しく教えていただきました。

目次

因果の道理は仏教の根幹

「因果の道理」は、「仏教の根幹」といわれます。
仏教を「木」に例えると、その「根 」や「幹」に当たる重要な教えだということです。
お釈迦さまの教えが全て記録されている一切経・七千余巻は、因果の道理で貫かれています。
だから、この「因果の道理」を知らずして、仏教を知ることはできないのです。

「因果」とは「原因」と「結果」のこと。どんなことにも必ず原因がある。
原因なしに起きる結果は、万に一つ、億に一つもないと、仏教では説かれます。
「これだけは、原因なしに起きた結果だ」ということは絶対にありません。

次に、「道理」とは「三世十方を貫くもの」をいいます。
「三世」とは、過去世・現在世 ・未来世、「十方」とは、東西南北上下四維のこと。
ですから「三世十方を貫く」とは、「いつでもどこでも変わらない」ということで、
「法」とか「法則」ともいいます。

仏教で説かれる「法(道理)」は、何千年前も、今も、何千年後も変わりません。
また、日本、ブラジル、イギリスなど、国が変わっても成り立つものが「法(道理)」です。
私たちが「思う」「思わない」にかかわらず、厳然として、時空を超えて変わらない「法」が「因果の道理」なのです。

原因と結果の関係

原因と結果の関係について、お釈迦さまは次のように教えられています。

善因善果

悪因悪果

自因自果

(釈迦)

ここで、「原因(タネ)」と仰るのは、私たちの「行為」で、
「結果」とは、私たちに分かりやすく言うと「運命」のことです。

善因善果悪因悪果自因自果」とは、
善い行いからは善い運命(幸せ)、悪い行いからは悪い運命(不幸)が現れる。
自分の行いの結果は、善いのも悪いのも、例外なく、全て自分に現れる」ということです。

他人のやった行いの結果が私に現れる「他因自果」もなければ、
私のやった行いの結果が他人に現れる「自因他果」も絶対にない。

幸福も不幸も、自分の運命の一切は、自分の行為が生み出したもので、
それに例外はないのだよと、お釈迦さまが説かれているのです。

この因果の道理について、金沢会館の壁に掛けられているお歌も引用し、分かりやすく教えていただきました。

仕方なや 蒔いたタネなら 生えるもの
親捨てた 報いで子にも 捨てられる
カメなりと たゆまなければ ウサギ超ゆ

編集後記

因果の道理を重ねて聞かせていただけることのありがたさ、そしてこの教えをよく知り、
その通り実践することの大切さが改めて知らされました。

また、会館の絵画やお歌についても、よく見ていなかったとも思い、反省させられました。
他にもどんなお歌が掛けられているか、ぜひ会館に足を運び、皆さんの目で確かめて下さい!

この日も会館のお仏花はきれいに整えられていました。いつもありがとうございます。

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