親鸞聖人降誕会(令和5年6月18日)

6月18日、金沢会館で親鸞聖人降誕会が開催されました。
降誕会は聖人のご生誕をお祝いしてつとめられるご法筵(ほうえん)で、この日は、宮本先生から親鸞聖人の教えについて詳しく聞かせていただきました。

今回は、その前半の一部を紹介いたします。

目次

親鸞聖人の教えは「なぜ生きる」の答え

 今日は金沢会館での親鸞聖人降誕会のご縁。親鸞聖人が90年のご生涯、教えられたことは「なぜ生きる」の答え一つであった。
 人は何のために生まれ、生きているのか。どんなに苦しくとも生きねばならないのはなぜか。私たちにとって最も大事なことであり、人生の目的とも言われる。

「聞く」というお題の川柳で「死ぬまでに 聞いておきたい 生きる意味」というものがあった。
 また、論語の中に孔子は「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」と書いている。「道」とは生きる意味のことであり、朝、人間の本当の生きる意味を聞いて達成できれば、夕方死んでも心残りはない」ということになる。

 それだけみんな知りたいことが「なぜ生きる」の答えであり、それを明らかに教えられた方が親鸞聖人であった。

生きる意味を知らない人生とは

 この生きる意味を知らないと、一体どんな人生になるのか。とんちで有名な一休は
人生は 食て寝て起きて 糞たれて 子は親となる 子は親となる」と歌っている。
“人生五十年”の当時から、30年以上も長生きできるようになった今日だが、食べて、寝て、起きてを繰り返す毎日は、少しも変わらない。それどころか、それだけであれば犬でもやっている。

「仕事をするために生きている」と言う者もあるが、仕事をするのは何のためか。衣食住をより自由にするためのものだと言えるだろう。
働かなかったら食べてはゆけない。食べなければ、死んでしまう。しかし、食べていても死ぬことには変わりない。

 では、そうやって生きていく意味はあるのだろうか。

受け難い人身

「なぜ生きる」の答えがあると親鸞聖人は教えられるが、なぜ知ることができたのか。それはお釈迦さまが明らかにされたからであった。

人身受け難し、今已に受く。
仏法聞き難し、今已に聞く。

お釈迦さま

「人身受け難し、今已に受く」とは、生まれ難い人間に生まれることができてよかった、という生命の歓喜のお言葉。
人間に生まれたことはいかに有り難いか、数の上から考えてみたい。

 

 例えば地球上には、およそ137万種の動物が確認されており、未発見の生物種も含めれば800万種以上とも言われる。その中の1種、魚のマンボウだけでも、メスが一度に産む卵の数は3億個。人間とは比較にならぬ個体数が生息しており、全ての動物の総数となれば、計測不可能だろう。
 そういうありえないほどの確率で生まれた命だから、人間に生まれたことは大変喜ばねばならないことだと、お釈迦様は教えられている。

 更に、「仏法聞き難し、今已に聞く」と続くのは、生まれ難い人間に生まれた意味を説く仏教を聞くことが、また難しいから。そんな中ご縁があって、仏法を聞かせていただけるのは大変幸せなことと言える。

 人間に生まれてきたのは、仏法を聞き本当の幸せになるためだ、とお釈迦様は教えられている。

「なぜ生きる」の答えを簡潔に

 親鸞聖人は主著「教行信証」の冒頭に、「なぜ生きる」の答えを簡潔に記されている。

難思の弘誓は難度の海を度する大船

教行信証総序

 苦しみの絶えない私たちの人生を親鸞聖人は、荒波の絶えない海に例えて「難度の海」と仰っている。一つの苦難の波を乗り越えても、すぐ次の波がやってくる。苦しみの波が絶えることはない。
 この世、苦しみのまま終われば、来世もまた、苦しまねばならない。

 そんな私たちに、「苦しみの波の絶えない人生の海を、明るくわたす大船がある。その船に乗り、未来永遠の幸福に生きることこそが人生の目的だ」と宣言されている。
 そして、この大船に乗せていただいた時、この身になるための人生だったのか、とハッキリ知らされる。だから「早く大船に乗せていただきなさいよ」と親鸞聖人は生涯教え勧められた。

では、大船とは何か。乗ったらどうなるのか、どうすれば乗せていただけるのか。この後詳しく教えていただきました。

編集後記、今日のお仏花

降誕会ということで、たくさんの方とともに聞かせていただき、喜びを分かち合いました。
「仏法は聴聞に極まる」と教えられる通り、これからも会館で、親鸞聖人の教えを聞かせていただきましょう。

なお、前日には会館の大掃除も行い、お仏花も綺麗に整えられていました。いつもありがとうございます。

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