会館ご法話(令和5年7月30日)

 7月30日、金沢会館で宮本先生のご法話があり、「抜苦与楽」のお言葉を通して、親鸞聖人の教えを詳しく聞かせて頂きました。
 今回は、その前半の一部分を紹介いたします。

目次

親鸞聖人の教えは、如来の教法

 親鸞聖人は何を教えられた方なのか。聖人は常にこう仰っている。

更に親鸞珍らしき法をも弘めず、如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり

御文章一帖

更に親鸞珍らしき法をも弘めず」とは、「親鸞は、今まで誰も教えたことのない新しい、珍しい教えを伝えているのではない」ということ。「親鸞聖人の教え」「浄土真宗」と聞くと、「親鸞聖人が初めて説いた独自の教えだろう」と思う人もあろうが、そうではない。

 では、誰の教えを伝えられたのか。
如来の教法をわれも信じ人にも教え聞かしむるばかりなり」と言われている。
「如来の教法」とは、約二千六百年前、インドに現れた釈迦如来の教え、仏教のこと。釈迦如来の教えを自らも深く信じ、皆さんにも伝えているだけなのだ、と仰っている。

 親鸞聖人の教えは「如来の教法」以外になかったことが分かるであろう。

仏教の目的は「抜苦与楽」

 では、お釈迦さまが仏教を説かれた目的は何か、それを漢字四字で言われたお言葉が「抜苦与楽」であり、金沢会館の横額にも書かれている。

抜苦」は苦しみを抜く、なくすということ。
与楽」は楽しみ、幸せ、満足を与える、ということ。

 私たちは一体何を求めて生きているのか。苦しみをなくして幸せになりたい、これ一つと言える。どうすればそうなれるのかを教えられたものが仏教であり、私たちの生きる目的と、仏教の目的は同じ。
 これが本当によく分かれば、本当に聞きたい教えであることがわかるであろう。

 仏教と聞くと、死んだ人の供養など、人が亡くなった時に関わるものと思う人が少なくない。多くの人は「私とは関係ない」「聞かなくてもいい」と言うだろう。
 しかし、本当はそうではない。生きている時に苦しみの元を抜き取って、本当の幸せを与える教えが仏教であり、私と関係ない、という人は一人もいないのだ。

二つの苦しみ

 まず、お釈迦さまは、私たちの苦しみに「根本苦」と「枝末苦」の二つあると説かれている。
「根本苦」は、苦しみの元であり、木に例えると根元にあたる。
「枝末苦」は、私たちが日頃「苦しい」と思っているものであり、木で言うと枝葉と言える。

 全人類は枝葉の苦しみしか知らず、苦から離れ切れないでいる。人間関係の苦しみ、お金がなく苦しい、病気の苦しみなど、解消すると一時的に楽にはなるが、それは長続きしない。払っても次から次と苦しみの花が咲いてくる。
 木で言うと根っこがある限り葉が生えてこなくなることがないように、苦しみの根本を断ち切らないと、「人間に生まれてよかった!」という本当の幸せにはなれない。

 お釈迦さまは「根本の苦しみを断ち切りなさい。必ず『何のムダな苦労も無かった!』という生命の大歓喜の身になれるから」と一生涯教えられた。

 その後は、枝末苦、根本苦とは何なのか。どうすれば根本の苦しみを解決し、本当の幸せになれるのか、詳しく教えていただきました。

編集後記、今日のお仏花

 根本の苦しみを解決し、抜苦与楽の身になることが人生の目的と重ねて教えていただき、仏教の教えの深さ、仏縁に恵まれていることのありがたさが改めて知らされます。
 すべての人が本当の幸せになれる道を明らかにされた親鸞聖人の教えを、この会館で重ねて聞かせていただきましょう。

 この日も綺麗にお仏花が整えられていました。いつもありがとうございます!

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