12月21日、金沢会館で「生活&終活イキイキフェスタ」と題した、コラボ講座企画が行われました。
最初は弁護士の臼井先生、次に仏教講師の宮本先生にお話しいただきました。
今回は、その一部を紹介いたします。
臼井弁護士の講座
「終活」ということについて、あるアンケート調査結果によると認知度は95%と、
ほとんどの人が知っている状況と言えるでしょう。
しかし、実際に何かをやったことがある人は7%と、認知度の高さに比べ低いのが実態です。
「終活」と言うと、終わりに向かうという暗いイメージと思われますが、その第一歩は
・自分の人生を振り返る
・イキイキとしたセカンドライフを描く
・家族に自分の思いを伝える
という前向きなものです。この手段として「エンディングノート」というものがあります。
エンディングノートは介護や葬式の希望、家族へのメッセージなどを自由に書くもので、
人生の整理に使われます。ある調査結果によると、エンディングノートの作成状況について、
作っていない、あるいは作ろうとしていない人が全体の約8割を占めています。
エンディングノートには基本的に法的効力がないので、自分の思い通りに財産を分配したいときには
遺言書を作ります。遺言を作る意味は大まかに
・自分の財産を渡したい人に、渡したい分だけ渡す
・紛争を予防する
という点が挙げられます。
中には「自分はそんなに財産を持っていない」という方もあるかもしれませんが、
無いからこそ問題が起こる可能性もあるので、考えておく必要があると思います。
最初に述べた通り終活を行った人の割合は低いですが、私たちはいつどうなるか分かりません。
災害や不慮の事故などに遭う可能性もあります。ですから、歳がいってからというものではなく、
早くから取り組まれることをおすすめいたします。
なお、講座では遺言が無い場合の相続、遺言書の種類、作る際の気を付けたい点についてもお話がありました。
講座終了後は臼井弁護士への質疑応答の時間が設けられ、数名の方の質問に答えていただきました。
宮本先生の講座
歎異抄は今日最も多くの人に読まれている仏教書です。
仏教で説かれていることは、生きている時に本当の幸せになれる道であり、
その目的は漢字四字で「抜苦与楽」と言われます。
ここで言われる「苦」は「苦しみの根元」のことで、
「楽」とは無上の幸福、絶対の幸福のことです。
よって「抜苦与楽」とは、「すべての人々の苦しみの根元を抜いて無上の幸福を与える」ということであり、
この世界が歎異抄に綴られているので、多くの人に驚きと感動を与えているのです。
「苦しみ」と言われると、仕事・借金・家庭不和・病気・トラブルといったものが想起されますが、
これらは仏教では「枝末苦」と言われ、どれだけ取り除いてもキリがありません。
それに対し、抜苦与楽で言われる苦しみは「根本苦」と言われ、これが抜かれないと本当の幸せにはなれません。
苦しみの根元を親鸞聖人は「無明の闇」と教えられます。
私たちの確実な未来は死ですが、死後があるのかないのか、あるならどんな世界なのか。
無明の闇とは100%の未来である死後がハッキリしない心のことであり、「後生暗い心」とも言われます。
私たちは死後と聞くと「遠い先のこと」「死んだら死んだとき」と思っており、なかなか真面目に考えようとしません。
いよいよ死ぬとなった時に後生が問題になるのでは手遅れですので、臨終を今に引き寄せて聞かせていただかなければなりません。
苦しみの根元である無明の闇は阿弥陀仏の本願によって一念で破られます。
後生暗い心が晴れて、極楽往生間違いなしと生きている今ハッキリしますから、
真宗宗歌では「永久の闇より救われし 身の幸何にくらぶべき」と歌われるのです。
この身になったことを歎異抄では「摂取不捨の利益」と言われ、これこそが私たちの生きる目的なのです。
ではどうすれば達成できるのか、それは「聴聞に極まる」です。この会館でより詳しく教えられますので、続けて参詣しましょう。


編集後記・今日のお仏花
「終活」は元気な時からでも始められるというイメージがあまりなく、何かやれることはないか考えてみたいと思いました。
また、お二人とも話された通り、私たちはいつどうなるか分からない身でありながら目の前の事ばかりで一杯になっており、確実な未来について考える機会があることをありがたく感じます。
落ち着いて学べる会館のあることに感謝し、これからも聞かせていただきましょう。
この日もきれいにお仏花が整えられていました。いつもありがとうございます!




